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2018年2月18日日曜日

小平奈緒、金メダルおめでとう!、ウッドウイルと同じ街です。

小平奈緒さんは長野県茅野市生まれ。
標高800mから3000迄の高原都市で育ちました。
写真の様に冬期は厳しい寒さの中、小学校などの校庭は冬期はスケートリンクになり、
よちよち歩きの頃からスケートに親しみます。
自然環境が才能とやる気のある人を育てます。
変わらぬ地域の方の支えが有ってのこその活躍でも有るのでしょう。

今晩の茅野市役所は応援でさぞ盛り上がった事でしょう。
長い間ご苦労様でした。苦労が報われましたね。
ウッドウイルと同じ集落の吉井小百合さんはバンクーバーでは500m5位でした。
今も地元の人気者です。













今日は好天でしたので、偶然にも恒例の霧ヶ峰高原散策で写真を撮っていました。
写真の街が茅野市です。この画像の中に育った地域が有ります。
向こうの山は南アルプスの甲斐駒ヶ岳、北岳、仙丈ヶ岳です。













上の写真の直ぐ左方向には八ヶ岳がそびえます。
ウッドウイルはこの山麓に位置します。









この写真は霧ヶ峰(有名なエアコンはこの地名からとりました)
日本のグライダー発祥の聖地でも有ります。
右から美ヶ原、八島湿原(今は凍結)、北アルプス、乗鞍、御嶽山(噴火しましたね)
中央アルプス、(180度で見える景色をパノラマ写真にしてみました) 。


この地は国立公園で貴重な動植物が生息する場所。
今は雪に隠れて 一面真っ白な事を好い事に、
立ち入り禁止箇所を山スキーで滑ったり、スノーシューで歩いたりする輩が。
近くの山小屋に監視員がいて、静けさを壊す様に拡声器で辺り一面に警告を。
かなり興ざめな体験もしてしまうのも時代の変化か。

山も、寒さも、雪も、みんなつながっている様な。
人の暮らしも勿論ですね。
この静かな街からオリンピックの金メダリストが生まれる。
嬉しい事ですね。



2018年1月19日金曜日

大学OBスキー大会への足慣らし

来週は大学時代のアルペンスキー競技部のOB大会が有ります。
ウッドウイル開業でこの大会参加やその他の娯楽はほぼ封印して来ました。
しかし18年も不参加では皆さんに忘れられてしまいます。
人生後半の大事な仲間を失うのは取り返しがつかない...
と言う訳で参加に備えて平日の午前中に滑って来ました。

下記画像はスマホで撮った写真です。
車山スキー場山頂から見た富士山方面です。
中央奥の雲の上に出ているのが富士山
左側が八ヶ岳(この山麓に自宅が有ります)
右側が南アルプスの甲斐駒ヶ岳や仙丈岳
甲府盆地と河川でつながる地元の茅野、諏訪の町も雲海の底。












駐車場もがら空き、ゲレンデもぱらぱら、4時間券を買って(きっと2時間しか持たない)
いざ初心者コースへ。
主な客は学生のスキー教室か?
スキーよりボードの方が多いです。
初心者コースを2度程滑って写真の山頂へ向かいました。
素晴らしい眺めで、30分後には雲海がもくもく上昇して向こうの山並みは隠れました。

そうそう、障害者用のスキー(椅子に一本のスキー板/ストックの先に小型スキー板)
で滑っている方を初めて見ました。
中級コースをゆっくり安定して滑っていました。
上手い者だと感心しました。

山頂からは中級コースと上級コースに分かれます。
迷わず中級コースを2度ほど滑ります。
コース長2Kmほどで,久々に滑るので膝を押さえられない。
ここまでで約1時間、疲れる前に珈琲タイムで休憩します。
メインのレストランは私だけ!!
のんびりしてたら70才半ばと思われる4人のグループが来ました。
矍鑠かくしゃくとして極自然体でくつろいでいるのに関心関心。
63才の私は未だ未だ疲れている場合では無いなと...

レストランを出ると競技練習してたグループと行き違いに。
中には私と同年代の方が、
腹が出ていません、昨年の大手術で半年運動出来なかったこの身は、
へばりついた脂肪が取れずに苦心しています。
自転車での知り合いも体を絞っています。
うーん...みんな頑張っています。

3年前の友人の準指導員検定もこの車山スキー場。
その時にはやむを得ずに上級コースにいきなり行きましたが、
今回はちょっと違う。
スキー板のエッジを研いで、先端と後部のエッジを少し丸くするのだが、丸くし過ぎた。
二日前に大雨が、人工降雪機で固めて冷えてゲレンデはアイスバーン状態。
急斜面ではエッジが効かずに横滑りが酷い(用具のせいにしています)
この辺も休んでいたので現場感覚を忘れています。

この友人の検定の応援やお世話になったスキー場の寮長のお別れ会など、
娯楽では無く、礼儀を尽くさねばとの思い出から数回は滑ってはいますが、
スポーツは体力と技術がバランス取れていないと出来無いので、
稀勢の里みたいに気力だけで出てみてもどうにもならない訳ですね。

未だ疲れていないと思ったら、休憩中に疲れを覚えてきました。
その後中級コースを3度程滑って帰路につきました。
上級コース(一部の斜面は35度程あるか)は次回の楽しみにしましょう。

エンクロージャー作りもスポーツみたいな所が有ります。
加工方法の知識に道具の知識、そして実際に道具を使いこなす技。
重たい材料を数え切れない程移動するのも筋力が要ります。
堅い木材を鉋で削るのは食いしばるので歯が削れる程に。
そして設計力と音を音楽を聞き分ける感性と。

みーんなつながっていますね。

そして決定的に私に欠落していた事、
上記の様な景色を時々見て、気分転換、ストレス発散、
足腰疲れても脳はリラックスする事。
それが結果的に仕事が上手く運ぶ。
頭で分かっていてもするのは勇気が要りますので。
今年はよーく考えて働きましょう。


2015年3月9日月曜日

友人は準指見事合格 

友人は1シーズンで合格してしまいました。

準指受験には1級を取得している事。

昔、取得していましたが証明書を無くし、

調べるのが面倒だから再度、1級を受ける事に。

1級を受けるには2級資格が条件。

なので2級を取得し、1級も取得。

普通ならと言うかここまで来るのは実は大変なのですが...

そして準指を受けて合格。

2級と1級の受験そのものを準指の為の練習と捉えていたそうです。



彼の受験番号(ゼッケンNo)が12番で65番目程まで有りました。

これは年齢順らしいのです。

ですから還暦の彼よりも年上が11人もいた事になります。

高齢化社会を写していますね。

その年配の方達は準指検定をライフワークにしているとか...

何回受験したのでしょう?



来シーズンから彼は地元クラブメンバーの指導に当たる訳です、

年配の方達のライフワークをひと超えした彼なりのライフワークのスタートに着きました。

今後の活躍を願ってやみません。

2015年3月6日金曜日

還暦の友人がSAJ公認スキー準指導員を受験














学生時代からの友人、もう40年来のお付き合い。

これだけで年齢が知れますが、その彼が準指(ジュンシ)を受けました。

スキーをした事のある人なら「準指」と言えばあこがれの存在です。

アマチュアレベルでの1級検定では飽き足らずに真剣に技術を追求する人には

厳しい壁となって立ちはだかります。


その彼とは学生時代のクラブ活動で競技スキーをしていました。

冬はスキー場、春や夏も東北やらアルプスの雪渓で滑りまくります。

それ以外は陸上部員みたいに走る走る...

卒業した時に一番嬉しかったのが、もうあの陸トレをしないで済む!でした。


彼の住む首都圏の街にスキーのクラブが出来たそうで、彼も入会しました。

SAJ(全日本スキー連盟)の公認クラブらしいのですが、

出来で直ぐなので公認指導員が いないと言う問題が。

そこで「昔取った杵柄」とばかりに指導員検定に挑戦する事になったそうです。


実はもうちょっと差し迫った問題も!ご同輩には人事とは思えない事が。

還暦です、定年退職の後に1年契約での属託扱いになります。

稼ぎが減ります、残業も休日出勤も減り、家に居る時間が長くなる。

稼ぎが多ければ堂々と居座っても気の優しい彼には気がかりです。


親父の威厳を維持するにはちょうど良い機会??

職場から離れて一人さみしい思いをする事も無くなるか?

事情を知っている私ならその資格の偉大さには敬意を持ちますが、

さて奥方は別にしても、ご子息の反応は如何に?。


その検定会場が車で30分弱の私の地元、「車山スキー場」です。

諸々事情を知る私として黙っていられない。

応援と冷やかしと滑りの写真でも撮ってあげようと出かける事にしました。

その検定斜面がリフト2本の先に有りますので滑らないと行けない、

この5,6年滑っていないが止む無く埃を被ったスキー板を探し出す事に。


総合滑走の検定斜面は上部の傾斜が30度前後、

5,6年ぶりのスキーでいきなりこの斜面、

カメラにザックに、こんな筈ではと思いながら撮ったのが冒頭の写真。

カッコイイ!!、自分の事の様に嬉しかった。

努力が形に出ている瞬間です。


私が長野に引っ越したのは登山とスキーだったのに!

彼に思い切り刺激を受けてしまいました。



2014年3月8日土曜日

ソチ冬期五輪も終わりました

ウッドウイル開業準備を具体的に始めたのがNAGANO冬季五輪の年でした。


五輪ボランティアを3週間続け、残りの1週間を妻と残った競技の観戦ツアーを行いました。
その春から正社員で働いていた会社を嘱託に強引にして貰って、
月の半分を仕事、半分を開業準備とした訳です。
それも2年間も待たされてやっと実現したのです。


そんな事と、私が北海道育ちで今は長野県住まいと言う事もあり、
冬季五輪の度に(長野/ソルトレーク/トリノ/バンクーバ/ソチ)ホームページや
ブログでは色々書き込みをして来ました(凄いな、五輪が5回も有ったなんて)が、
今回は何となく開催中は何も書き込みをしませんでした。


ソチ五輪TV観戦に備えて我が家のホームシアターは、TVは北京五輪の時に導入した
50インチプラズマのままですが、AVアンプは7.2chで外部パワーアンプ増設で
9.2ch対応型に替え、スピーカーも当然9.2ch対応とする事で、
全て入れ替えました。


私の自慢は完成品スピーカーは自分用には買った事が無い!でしたが、
作る暇が無いので妥協しようとしたら妻に一言、言われて考え直して、
メインは21cmダブルウーファー4Wayの市販品のウーファーをリコーンして修理利用、


サブウーファーはパワーアンプとイコライザーを改造。
センターも市販品を強引に外形寸法を小さくしてラックに押し込む。
フロントHi/リア/サラウンドバックはPA用の市販品を用いて、
音が我慢出来ずに試聴の末に内部チューニングを簡単に行い、
天上から吊す金具は半分自作として何とか体裁と面子を繕って9.2chを実現。
でもソビエト、もとい、ロシアの放送技術者の未熟さとプロ意識の欠如で
9.2chも5.1chも余り差は無かった様でした。


まあ、そんな事より今になってソチ冬季五輪についてブログしているのは、
アスリートに入り込み過ぎて、感動して、自分と比較して....
簡単には書けなかったと言うのが実情でした。


上村愛子の笑顔、高橋大輔の悲運、渡部暁斗のノルディク復活、真央ちゃんの涙、涙
10代若者の活躍、新種目での女性の活躍、相変わらずの役員の出しゃばり....
感動の日々で二度寝の習慣が身についた。


さてパラリンピックはどうなるの?
ロシアは歴史をひきずっており、我が国も目先の領土問題で目が霞む。
米国は存在価値を見定められ、欧州の狸は黙りを決め込む。
思い出すのがボイコットを涙で訴えたレスリング選手、
脳が筋肉で出来ているのだ当時真剣に思ったものでした。


実は今迄書かなかった事なのですが、
長野五輪の時、関係者以外は入れないゲレンデで見た光景です。
アルペン種目のスタートからゴール、リフト乗り場まで、
関係者以外の誰にも邪魔されずにスキーをある程度滑れる者専用に、
巾がスキー板程度のコースが数キロに亘って設置されています。
その中を選手、競技関連者などが猛スピードで通っていて競技が潤滑に成り立っています。


私はそのコースを滑っている時に見てはいけないものを見てしまいました。
ダウンヒル競技のスキー板のワックステストをしていた「昔は選手だったろう人」が、
滑ってゴールして、ストップエリアで止まれなくてフェンスに激突する瞬間を見たのです。
明らかに怪我をしています、責任者は迷惑そうです、テスト走者は必死に無事を訴えて、
仕事の継続を訴えています。


そこで選択されたワックスを使って優勝した選手や国は脚光を浴びて華やか一色。
事実、優勝して強国ぶりを発揮していました。
果たして怪我したテスト走者には何かの恩恵が有ったのだろうか?、治療は出来たのだろうか?
このシーンが未だに頭の隅から離れません。


スポーツとは何か、ビジネスとは何か、華やかな舞台の表と裏、
人の強さと弱さ、人生の悲哀、あのあくまでハイテンションな世界で見た光景の一コマが
今でも忘れられないのです。



2012年11月11日日曜日

フィギュアスケートTV観戦記

フィギュアスケートTV観戦記


何度か書いたこの種の内容。
雪国生まれ、ウインタースポーツ好きなのでフィギュアスケート大会の
TV放送を良く見て楽しんでいます。


今シーズンのグランプリシリーズ(サッカーのワールドカップみたいなもの)は既に
中盤にかかっていて日本勢は大活躍中です。


此処では選手、成績、演技などの競技内容については触れません。
放送技術についての記載です。


先ずは、長野五輪の次の冬季五輪だった2002年米国ソルトレークシティー大会!
アイスリンク会場にはJBLのPAが設置されていて、
会場の音を拾ってTVで放映なのですが、それでも聞いているだけで素晴らしい音質で
大感激したのを覚えています。見ていると熱くなりました。
その頃には少しはまっとうな音の出る5.1chホームシアターを備えていたので
尚更だったと思います。
因みに長野五輪はパナソニックのPAで過不足無く普通に音が出ていました。


その後の2010年カナダバンクーバー大会は酷かった!
音質以前の問題で、演技用に会場に流す曲のピッチが不安定!
世紀の祭典でこんな事が有るのかと思っていたら、
次の日も同じ症状が出ていた!


2006年イタリアトリノ大会はこれと言って感じる事は無かった。
荒川静香が日本人初のこの競技の金メダルを取った事で浮かれていた。
開会式のルチアーノ・パヴァロッティが歌う
「トゥーランドット」の中のアリア「誰も寝てはならぬ」は圧巻だったが、
何と荒川の演技曲も同じだったというのが運命的です。


さてと今シーズンの音と映像の放送技術はどうでしょう?


.アメリカ大会: 音は普通、画はカメラが選手の動きを知らないので途中で選手が消える?
.カナダ大会 : 何か怪しい、全てに平均以下。
.中国大会  : 画も音も案外に良かったのだが、カメラアングルが固定化していて
           選手の動きに同調していない。
           画面に時々映る関係者の不愉快そうな表情で気分が盛り下がる。
.ロシア大会 : 映像はハイビジョン放送だが会場は暗くは無いのにシャッター速度を
           遅く設定しているのか?速い動きでは連続画像にならずにコマ送りとなる。
           深黒の洋服のディテールが表現出来ていたのには感心する。
           音声は酷いなぁ~、日本なら幼稚園の運動会でもあんな音にはならない。
           音が歪んでクラッシックの曲ではオケの構成が分からない程です。
           スケートのエッジの音(氷を削る音)では拾え無い選手が居る。 
           その音も動きについて行けないのでノイズなのか氷の音なのか不鮮明。


あら探しばかりしている様で気が引けるのですが、
例年の日本大会(今シーズンは未だ)での音は標準的で感動的でないが良く分かる、
(音の表情を的確に捉えていて曲の雰囲気を活かしている)。
映像品質は放送技術の最先端を走っているので文句の付けようが無い。
更に参加選手の演技内容をカメラ、音声スタッフが熟知しているので
その見せ場を的確に表現していて、その点でも最先端の表現力と思います。


でも初めからそうでは無かった。
変わってスキーのアルペン競技のダウンヒル大会、
(学生時代にかじっていたので大変興味がありました)
数十年前の日本で実施された大会の実況放送での事。
高速で遠くから近づいて来て遠ざかって行く選手を全長4Kmにわたって
数台のカメラで途切れなく追い続けます。
この準備だけでも確かに大変な作業でしょう!
でも観る側にとっては最初から最後まで小さくて平均的な姿で見せつけられると、
動きが分からず臨場感がまるで無い!数人の選手を観ただけで眠くなります。
競技その物は命をも賭けた危険でスリリングなものなのですが。
そのライブ感は全く感じられませんでした。
競技発祥の地の放映では見せ場に専用カメラを設置して
そのスピードやスリルを最大限に表現していて、
見る側も手に汗を握る様な最高に熱くなる放送です。
技術だけでは上手く表現出来ない事をスケートでも学んだのだろうと思います。


150秒~270秒の一人の演技をTVで独占してアップで映し出される競技を他に知りません。
シーズン中は同じ演技を繰り返し行うので、選手の出来は勿論の事、
会場毎の運営の優劣までも嫌でも分ってしまいます。


結局、何が言いたいのかと言いますと
.スタッフのモチベーションが最重要
.彼らをベストで働かせる様な組織運営が成されているか。
.ハードが劣っていては始まらないが、良くても使い手の技量の問題がある。


選手の技量を観る大会なのですが、運営の質をも見られる大会でも有るのです。
そんな事まで見えて来るのでとても面白いです。


ロシア大会の続きです。信じがたい事ですが、数人の選手を除いた他の選手の演技曲は歪んで霞み、観客の声援もエッジの音も殆ど拾っていない様です、嫌な現象を見てしまいました。